大きな転換期を迎えている大学入試。選抜方式や試験問題が多様化する中、いかに進路保障し、進学実績の維持・向上を図っていけばよいのでしょうか。また、⾃ら課題を発⾒し、学び、考え、判断し、課題を解決する資質・能⼒を育む探究型学習は、総合型選抜はもちろん、考える力、活用する力、表現する力などが求められるようになる一般選抜においても、実績を伸ばしていくために重要な教育機会になることは間違いありません。
2022年11月19日(土)、弊社主催の先生向けセミナーとしては初の対面形式での開催となった札幌でのセミナーでは、探究型学習の指導で実績を上げる上野学園中学校・高等学校(東京都)の藤井亮太朗先生を講師に迎え、探究の評価の課題とその解決方法、対話の重要性なども含め、探究の精度と効果を高める同校の学習デザインをご紹介いただきました。
【講師】
藤井亮太朗先生(上野学園中学校・高等学校 教諭)
これまでの教育と探究型学習の現在
新学習指導要領のキーワードの一つとなる探究型学習。その設計や進め方、そしてその評価にお悩みの先生は多いと思います。本校も「探究的な学び」を学校全体の学びのビジョンとして据え、少しずつブラッシュアップを繰り返しながら取り組んでいます。文部科学省のWebサイトにも、探究型学習のための教材と、応援団という名で各機関の連絡先が載ってはいますが、日々、授業や生徒対応を行いながらこれらについて一から勉強し、学校で広め、探究コンテストに出場し、と考えると、気が遠くなってしまう先生は少なくないはずです。
私自身の話をしますと、最近、鶏肉がマイブームとなっており、あるチキンバーガーの店をよく利用しています。この店では、専用アプリから注文し、2日先までの間で好きな時間を選んで待たずにテイクアウトすることができます。運営企業はこの店舗の他にも、待たない、並ばない、お手頃価格のファーストフードの革命ともいえる業態を「DX(デジタルトランスフォーメーション)」によって生み出しています。普通に考えれば、外食産業に切り込むためには新たなサービスの展開はもちろん、店舗の拡大、それに伴う消費の拡大が必要。今まで以上に早く、大きく、肥えた状態で鶏を出荷することを求められた養鶏農家が、急速に成長するブロイラーと呼ばれる種に短期間で多く餌を与えたり、日射時間を延ばしたりして出荷量を増やすことで、生産競争は激化していきます。
これは、今までの大学受験指導と探究型学習そのものといえるのではないでしょうか。これまでは、高校を卒業するまでの短い期間で多くの知識をインプットし、蓄え、アウトプットできることが頭の良さとされ、出身大学のネームバリューが年収・職業に直結していました。つまり、18歳までの詰め込みで人生の大半が決定してしまうということです。私自身も、高校1年生までに3年間分の学習を終わらせ、あとはひたすら問題集を解く日々だったことを思い出します。右肩上がりの社会における苛烈な競争の中で、ブロイラー飼育と同じ「詰め込み、与え、肥えさせる」原理が大学受験指導においても適用されていたのではないでしょうか。そして今、探究型学習がそのような原理を変えていく特効薬のように特別視されていますが、早期に肥えさせること以外に解が見当たらず、限られた時間で失敗も許されない、不安が拭えないというのが現状ではないでしょうか。
しかし私は、この機械的な膨張社会には限界が来ており、近い将来には適当なものをほどよく、無駄なく、漏れなく、ブレなく、抜けなく求める社会が現実になると考えています。そしてそれを実現するのは、技術や革新、持続可能な新規性です。例えば前述のチキンバーガー店は、事前注文とAIによる予測により鶏肉量を統計化。養鶏農家との契約を必要数受注に切り替え、大量仕入れではなく固定購入による割引でコストを削減しています。非接触注文により人件費も抑え、それらのコストを商品品質や価格に反映しています。いわばDXによる個別最適化です。学校教育に関しても、全体化され均一にならされた学び、そして、知識の吸収と再現の循環が機械的に自動実行され膨張するということが軸となっていた時代は終わりを迎えています。
特効薬しての期待を背負う探究型学習
では、そのような学校教育の特効薬としての期待を背負う探究型学習の現状はどうでしょうか。現在の高校教育における探究型学習は、学びとしてボリュームが割かれていない上、継続的に取り組み、カリキュラムに溶け込むように設計されていません。実施しても調べるだけで終わったり、その学年だけで終わったり、年度が変わる際に継承されなかったりする場合も。また、うまく活動を行えたとしても、その教育的効果が分かるものはコンテストの受賞や大学入試でアピールできたというような実践結果しか存在しない状況です。しかし、希望もあります。探究型学習の取り組みは全国で少しずつ開始され、データと実践の相互作用が始まりつつあります。学校の枠を越えてアイデアや事例を共有し、それに基づいて実践を重ねた結果をさらに共有していくことで、探究型学習全体の精度をより高めていくことができるのではないでしょうか。
「探究的な学び」と「対話」を軸とした教育活動
本校は東京都台東区にある共学の中高一貫校です。もともとは女子校でしたが2007年に共学化し、「優しく創造的な人を育てる」という教育目標の下、学びの形を少しずつ進化させています。音楽科と普通科があり、学校生活の中に音楽と芸術が溶け込むようなカリキュラムとなっています。4年制大学への進学率は80%強で、近年は一般入試での進学が減少し、学校推薦型や総合型選抜に移行しつつあります。
学校全体の学びのビジョンの幹となる縦軸には「探究的な学び」を据え、これを横軸である授業や行事をはじめとする学校内外の活動で広く展開しています。探究型学習のコアラインとしては経済産業省のSTEAMライブラリーを活用しています。増えつつある学校推薦型や総合型選抜においては、全員が探究型学習を含めた活動内容を志望理由書に記載しています。
「探究的な学び」を軸とした教育活動の中で、本校では特に「対話」を大切にしています。単なる面談ではなくきちんと「対話」となるように、話をした後に考え方がバージョン・アップしているか、ということをひとつの指針としています。学校内のいたるところに「対話」がある状態を目指して取り組んでいるため、年間45回の対話記録がある生徒もいます。形式は1on1で行う場合も複数名で実施する場合もあり、学校全体で無理に一律化するようなことは行っていません。そのため、対話の実施回数も生徒により異なりますが、平等性の観点には留意しつつも生徒の主体性や生徒同士の高め合いを大切にしています。
本校に「対話」が根付いた一番のポイントは、オープン・スペースでの実施です。生徒指導室などの密室で、先生と一対一で面談を行うとなると生徒はどうしても緊張してしまいますし、話すことが得意でない生徒もいます。いろんなところでみんなが話しているから、私も話してみようかな、と思ってもらえるような、安心感や安全な環境を意識的に学校側で作ろうとしています。
「探究型学習」の位置付けと在り方を整理
本校では、「探究的な学び」の諸活動と「対話」の位置付けを学校全体でしっかりと確認できるようにするため、全活動を一枚にまとめたビジュアル・サマリーを作成しています。
最初は私が一人で作りましたが、より良いものにしていくため、校内だけでなく外部の協力者の力も借りながらブラッシュアップしていきました。このような指針ができると目を通してくださる先生が増え、職員室内で話がしやすくなったなと感じています。
また、「探究的な学び」で期待する成長要素に関しても図に整理しています。
ワードだけを見ると、探究型学習はよくわからない言葉で形成されているように見えますが、その中身を見ていくと、先生方が多く経験してきたこと、すでに存在しているさまざまなものを再整理しているのだということが分かります。すでにこれまでも探究的活動は実践しており、その評価まで行って成果を得ていたということです。なぜそれが、探究的活動となると動脈硬化のように固まってしまうのでしょうか。探究型学習の評価に関しても、新しい項目だけではなく、経験値から生み出された項目も盛り込むべきだという考えの下、本校では「探究的な学び」の評価に、このようなルーブリックを作成して活用しています。
まだ改善の余地も多い本校のルーブリックですが、現在の最大の問題点は、質的データと量的データが混在していることだと思っています。どんなことを見て、どのような物差しで、どう評価されているのか、ということが分かりにくいのです。ルーブリックも探究型学習も、常に指摘を入れ合い、対話をして形を変え、精度を高めていくべきものだと考えていますので、校内外問わずどんどん指摘をもらって、ブラッシュアップしていきたいです。
探究型学習の精度を高め、生徒の成長を促進する最新の情報
以前は、私自身も最高の指導計画を立てることがもっとも重要だと考えていましたが、状況に合わせて変更していくことの重要性が高まっている、必要なのは、最高の指導計画よりも最新の情報ではないか、という思いに変化してきました。最新の情報は、「対話」の中にこそあります。本校でその「対話の解像度を上げるツール」となってくれているのが、生徒の資質・能力を可視化する評価ツール「Ai GROW」です。受検結果がリアルタイムで確認できる「Ai GROW」なら、情報の鮮度を逃すことがありません。
「対話」の際には、「Ai GROW」の個人レポートをデジタルデータで用意し、生徒も先生もそれぞれそこに書き込みを行いながら話をします。例えば、本校では探究型学習においてポスター制作を取り入れていますが、入学間もないタイミングと、半年間程度「探究的な学び」と「対話」を繰り返した後のポスターはかなり内容や充実度が変わっています。制作前と後の「Ai GROW」受検結果の変化に注目し、どのような力を伸ばすことができたのか「対話」の中で確認し、言語化していきます。こういった取り組みを重ねていくことで、生徒は自身の強みや課題を具体的に言語化できるようになり、学校もその成長を「探究的な学び」の各プログラムにフィードバックしていくことができるのです。「Ai GROW」は、生徒の成長を可視化するためだけではなく、探究型学習の制度を高めるツールとしても本校にとって不可欠な存在となっています。
変化する大学入試と探究型学習の位置付け
総合型選抜入試の拡大などが注目を集めていますが、最近では、入試のタイミングだけでなく、オープンキャンパスで事前の相談から始まり、直前まで徹底的にその子自身を見るという大学も増えています。少子化の加速が避けられない事実としてある中、生き残りをかけた子どもの取り合い、競争の激化を前に、大学側も強く危機感を持っていると感じます。高校1年生からのプロセスを大切にする大学も増えてくるのではないでしょうか。こうした中で「探究的な学び」や「対話」の重要性はますます高まっていくと思います。本校の取り組みもひとつの形に過ぎませんが、今後も学校の枠を越えた事例やアイデアの共有を重ね、さらにその精度を高めていきたいと考えています。
IGSは今秋、「探究型学習」をテーマにしたセミナーを各地で開催。探究型学習の指導で実績を上げる各地の先生方を講師に迎え、これから求められる資質・能力を育む具体的方策をご紹介いただきました。その講演内容をまとめたセミナーレポートで、各校の取り組みをぜひご確認ください。
■第16回 生徒の資質・能力の育成とその適切な評価の実現に向けて(福岡)のセミナーレポート
・筑紫女学園中学校・高等学校 山田先生
・熊本県立宇土中学校・宇土高等学校 後藤先生
・東明館中学校・高等学校 林田先生
■第17回 生徒の資質・能力の育成とその適切な評価の実現に向けて(大阪)のセミナーレポート
・関西学院高等部 田澤先生
■第18回 生徒の資質・能力の育成とその適切な評価の実現に向けて(東京)のセミナーレポート
・聖徳学園中学・高等学校 山名先生
・明星中学校・高等学校 木村先生