トップへ
【活用事例】自由な環境が育んだ「創造力」が「探究力測定」で明らかに(東明館中学校・高等学校)

三重県教育委員会(三重県立宇治山田商業高等学校)

【活用事例】自走型探究プログラムと適切な評価がもたらす学びの最大化

自走型探究プログラムと適切な評価がもたらす学びの最大化

 

子どもたちの、変化に向き合い、自ら課題解決について考え、他者と力を合わせながら持続可能で豊かな未来を切り拓く力を育むことを目指す三重県。そのために重視している学びの一つが「探究型学習」です。

三重県では、実社会で求められる視点と、答えのない問いに立ち向かう力を育む「社会実装シミュレーション型プログラム」を多くの県立高等学校で導入し、実社会とつながる探究的な学びを全県的に推進しています。私は昨年度まで導入校の一つである三重県立宇治山田商業高等学校で本プログラム実施を担当していましたが、今年度からは三重県教育委員会 教育政策課に移り、新たな視点で本プログラムを含めた高等学校の学び全体に関わっています。

三重県立宇治山田商業高等学校は、生徒の「実践力」「地域への貢献力」などを育みたい力として掲げる、創立110年を超える伝統校。2019年度から経済産業省「未来の教室」実証事業の実証校として、IGS株式会社のさまざまな探究型学習教材の開発に携わってきました。2020年度に開発された「社会実証シミュレーション型プログラム」は現在も継続して活用。これは「地域活性化×最先端テクノロジー」をテーマに起業するストーリーを通してインプットとアウトプットのサイクルを回し、実社会で求められる視点と、自ら課題を発見し、学び、考え、判断し、他者と協働して課題を解決するための資質・能力を育むことを目的としたプログラムです。

プログラム開始当初は、従来の授業との違いに戸惑いました。生徒自身がシステム内で動画を視聴したりワークに取り組んだりしながら進める「自走型探究学習」の本プログラムでは、教員に決まった役割はありません。最初は教材を予習し、生徒たちをリードしていこうとしていましたが、起業の目的一つをとっても、会社のもたらす「利益」を金銭的な面でばかり考える大人の視点と違い、生徒たちからは「人の幸せも利益に含まれるのではないか」など、想定していなかったような意見ばかり出てきました。そのような姿を目にする中で、教えるのではなく、一緒に考え、多様な考えを面白がることで、生徒たちは私たちの想定を超えて成長できるのではないか。「伴走」という形がこのプログラムにおける教員の最適な関わり方なのではないかと思うようになりました。教えることを手放し、生徒の伴走に注力すると、準備や指導にかけていた時間を生徒の観察や生徒とのコミュニケーションに費やすことができます。生徒一人ひとりをしっかり見て、その成長を把握し、立ち止まっている生徒がいれば一緒に悩む。それが自分の役割と考えるようになってからは、戸惑いは消え、自分の中に答えを持たず、生徒たちと一緒に見つけることをモットーに、伴走者としてこのプログラムに取り組んできました。

生徒たちにとっても、グループで話し合いながら何度も事業計画書を練り直し、起業を目指すというシミュレーション型プログラムがもたらす「リアルな学び」は、大きな刺激となったようです。生き生きと取り組む表情からだけでなく、「データ分析など、新しい方法を知ることで世界が広がった」「起業することの難しさを知った」といった声から生徒の充実度は十分に感じられましたが、「自分たちの考えたサービスなら三重県をもっと良くすることができると感じた」という感想には、生徒たちの成長と大きな可能性を感じ、本当に嬉しく思いました。普段はあまり自分から発言することのない生徒が周囲が驚くようなアイデアを提案することもあり、夢中になって取り組める本プログラムがもたらす効果を感じました。

探究型学習で、その取り組み内容とともに悩みの種となるのが「評価」。探究型学習で多く目にする今まで見たことがない生徒たちの一面をどう評価するか、アウトプットだけはなくプロセスをどう評価するか、しっかりと考えて臨む必要があります。しかし、正解がなく、テストの点数のような明確な基準もない探究型学習の評価はどうしても負担が大きく、経験値と感覚に頼ったものになりがち。この「社会実装シミュレーション型プログラム」には、理数科学的なものの見方・考え方を定量化する「数理探究アセスメント」と生徒の資質・能力を定量化しすることで他者と協働して問題解決に向かう力を可視化する「Ai GROW」から成る「探究力測定」がアセスメントとして含まれています。プログラムの前に受検することで生徒の状態を把握して伸ばしたい力を考えることができ、プログラム後にも受検することで、取り組みを通した教育効果を検証することができます。

 

アセスメントの一つである「Ai GROW」の昨年度の本プログラム前後の結果では特に「創造性」の伸びと「地球市民」の底上げが特徴的で、生徒たちにとってこのプログラムが社会の一員として何ができるか考える良い機会になったことがうかがえます。実感としても「Ai GROW」のスコアの伸びと探究型学習での頑張りには相関があるように思います。また、コンピテンシーのスコアが数値で可視化されることにより、生徒も教員もエビデンスを基に一段深い振り返りを行い、個々に合わせた明確な目標設定を行うことができるようになりました。なんといっても、自分を知ることは、生徒たちの成長につながります。友だちに自分でも気づいていなかった一面を評価されていることが自信になり、リーダーシップを発揮するようになった生徒など、「Ai GROW」のスコアが導いた変化を多く目にしてきました。

さらに、本プログラムには探究型学習での学びをアウトプットする力につなげる「探究 Navigator」も含まれています。これは、研究レポートの作成方法や評価のためのルーブリック、指導マニュアルなどがパッケージになったサービス。普段文章が得意と感じていた生徒でも苦戦する姿を見て、学びを論理立てて文章化する力は、探究型学習を進めていてもこうしたトレーニングなしではなかなか身に付かないものだと実感しました。プレゼンテーションでは表情や身振り手振りで補える部分があったり、普段接する教員が評価をする場合は気を付けていても甘めに解釈してしまったりすることもありますが、自分のことをまったく知らない人に、文章だけで伝えることの難しさを学ぶことができるのは、生徒たちにとって非常に大きな経験だと思います。

こうして「探究型学習の指導」のみならず「評価」や「アウトプットの指導」も安心して手放すことができたことで、何をどうしていけばよいのかという不安や 目の前の作業に追われる時間を大きく削減できました。それにより、生徒一人ひとりの様子や成長を丁寧に見取ることができるようになっただけでなく、変化の多い未来に羽ばたいていく子どもたちに育むべき力や、それを探究型学習だけでなく学校生活全体でどう育んでいくべきかなど、大きな視点で学びをとらえ、考えられるようになったと感じました。探究型学習以外の授業でも単に暗記させるのではなく生徒たちが必要な知識を自ら獲得するようなステップを盛り込むなど、生徒の学びや成長を中心にした形への変化が学校全体へ少しずつ浸透しつつあります。

今年度からはプログラム実施校の教員としてではなく教育委員会で生徒の学びに関わるようになりましたが、「自走する探究」を実現する本プログラムは少しずつ広がりを見せ、2023年度は農業高校も含めた過去最多の17校20コースが導入しています。一人でも多くの生徒のこれからの時代を生き抜く力を育むため、私も新たな視点で学びを考え、挑戦を続けていきたいと思っています。