学習指導要領の改訂により、従来の学力にとどまらないさまざまな資質・能力の育成が求められています。これはすでに入試形態の変化にも表れ、その変化は今後さらに拡大していくことになるはずです。一方、従来の学力とは異なる非認知能力の育成とその評価に苦慮されている学校は少なくありません。では、生徒の資質・能力の成長をいかに促し、その成長を多面的に、そして適切かつ公平に評価していけばよいのでしょうか。
2022年12月10日(土)、東京で行った本セミナーでは、洗足学園中学高等学校 (神奈川県)の髙橋道人先生を講師に迎え、生徒自身によるコンピテンシー育成PDCAサイクルを通した生徒支援の取り組みを具体的にご紹介いただきました。
【講師】
髙橋道人先生(洗足学園中学高等学校 教諭)
「生徒自身によるコンピテンシー育成PDCAサイクルの創出と循環」
本校は、女性の社会進出を目指して1924年に建学された神奈川県川崎市にある完全中高一貫の女子校です。社会が必要とする人材を育てることを目標に、時代の変化に合わせてカリキュラムを進化させながら、もうすぐ100周年を迎えようとしています。
将来を見据えた「過去」「今」「未来」の言語化
大学入学共通テストや新課程入試の導入、総合型選抜入試の拡大など、生徒たちを取り巻く環境にも大きな変化が起こっている昨今、これからの生徒たちには、学力だけではなく、自分自身を知り、アピールできる力が必要です。自分の将来について考える良い機会ともなる高校受験を経験しない本校の生徒たちにも将来を見据えた自己分析の経験が必要だと考え、2021年度に全学年で「Ai GROW」を導入しました。
本校での取り組みの骨子を考えるうえで非常に参考になったのが、京都大学の総合型選抜入試の志望理由書である「学びの設計書」。この中には、「高校在学中に取り組んだこと、そこから得たもの=過去」、「志望学部へ入学を希望する理由=今」、「大学においてどう学びたいか、卒業後学んだことをどう生かしたいか=将来」について記入する欄があります。このように過去・今・将来を結び付けて自分のことをきちんと言語化する力は、大学受験だけではなく、就職活動やその後も、生きていくために必要な力。そのためには、まず過去の自分についての記録を蓄積することと、俯瞰(ふかん)しながら自分自身を把握することが不可欠です。
日々の記録については記憶の新しいうちにeポートフォリオに残すよう指導し、一歩引いた視点で、自分を客観的に視し把握するためのツールとして「Ai GROW」を活用しています。「Ai GROW」の導入に当たり、多忙な担任の先生方全員に活用方法を詳細に把握してもらい、活用に差ができないように管理するよりも、生徒自身が「Ai GROW」を受検する理由を理解し、活用を進めていってくれれば一番良いのではないかと考え、生徒自身によるコンピテンシーのPDCAサイクルに取り組むことにしました。
コンピテンシーを浸透させる3つの取り組み
生徒自身による自己分析と、「Ai GROW」の活用を促進していくためには、まず、コンピテンシーを生徒の生活に浸透させなければなりません。例えばコンピテンシーが昼食時の会話で話題になるような存在になるには、生徒たちの中で「市民権」を得るには、学内での共通言語となるには、どのような取り組みを行っていくべきかと考えました。
一つ目の取り組みは、学外活動報告会での活用。本校では、生徒たちにボランティア活動などの学外活動を奨励しています。活動後に行う報告会で、活動を通して自らが考えるコンピテンシーの変化とその理由を必ず発表してもらうようにしました。コンピテンシーについて何度も耳にし、どういった場面で伸びる能力なのかをイメージできたことで、生徒たちの中でもコンピテンシーの理解と、共通言語化が進んだように思います。
二つ目の取り組みは、コンピテンシーを「優劣」ではなく「個性」として捉えるよう話をしたうえで受検結果がまとめられた個人レポートを返却することです。能力には凸凹があっていい、むしろ無ければおかしい、人と違って当たり前という話をしっかりとしたうえで「Ai GROW」の受検結果を確認させました。これにより、生徒は「Ai GROW」の受検結果を受け入れやすくなり、自信を持って過ごせるようになったと感じています。今では生徒たちも結果を楽しみにしながら「Ai GROW」を受検してくれているようです。また、保護者にも同様の話をし、家庭でコンピテンシーを話題としてもらうようお願いしています。コンピテンシーを「自分の個性を教えてくれるもの」として身近に感じてもらうことが、共通言語化をさらに押し進めるのではないかと考えています。
三つ目の取り組みは、一連の自己分析を経験し、就職活動を終えた本校のOGたちによる講演会です。先輩たちからそれぞれの強み(コンピテンシー)は何か、そして、過去・今・将来の自分をどうつなげて就職を勝ち取ったのかという話を聞くことで、自己分析やコンピテンシーの大切さを将来のキャリアと結び付けながらより具体的に理解してもらえたと感じています。
一方、「Ai GROW」の受検結果を用いた個別面談は行っていません。生徒たちが「Ai GROW」の受検結果を自分でどう捉えるかということを大切にしたかったからです。情報や意図が等しく伝わるよう、生徒全員の前でこのコンピテンシーをどう捉えるべきか、活用すべきかという話をしたうえで、あとは自分で受け止め、考えてもらうようにしました。もちろん、質問があったりアドバイスを求めたりする生徒には個別に対応していますが、受検結果を意図的に「返却しっぱなし」の状態を目指しています。
理解を浸透させるルーブリック作り
このようなコンピテンシーを共通言語化する取り組みを通して、コンピテンシーを身近な存在として浸透させることができてきました。しかし、ニュアンスで理解するのではなく、コンピテンシーの中身について生徒たちがもっと深く理解できる方法はないのだろうか、と考えるようになりました。そこで行ってみたのが、「コンピテンシーのルーブリック作り」です。
「Ai GROW」の3回目受検が終わった後、生徒たちに、6つのコンピテンシー(「創造性」「論理的思考」「自己効力」「表現力」「柔軟性」「影響力の行使」)を自分の言葉で定義してもらう時間を取りました。そのうえで、これができたらA(2点)、B(1点)、C(0点)というルーブリックを作ってもらいました。大人が作るとこうはならないというアイデアがたくさん出て、生徒たちがコンピテンシーをどのようにとらえているのかが分かりわれわれ教員の学びにもなりました。
アウトプットの場としての面接
また、本校では自分の過去・今・将来を言語化するアウトプットの場として、校長面接も活用しています。高校への内部進学に当たって行われる校長とのグループ面接で、中学3年間で何をやってきたのか、今は何をしているのか、高校ではどのようにしていくつもりか、ということを話してもらいます。自分を客観視して長所を知り、高校生活や将来に向けたモチベーションとなればと考えています。他の生徒が自分を客観視しながら話をしている姿を横で目にすることも、自己分析やアピール方法を考えるうえでとても良い機会となったようです。
言語化が育む生徒たちの変化
実際、「Ai GROW」を軸に前述の自己分析を行ってきた生徒たちの言語化能力には日々非常に驚かされています。先日、修学旅行の委員を募集するに当たって、少し厳しいかなと思いつつ、400字以上の志望理由と自己PRの入力を必須としました。しかし、蓋を開けてみると、予想をはるかに上回る数の応募があり、自己PRにはコンピテンシーに関する記載が多く確認できました。高校2年生での文理選択の際も、担任と家族の前で自身の過去・今・将来について整理したプレゼンをしてもらっています。生徒たちの普段の様子を見ていても、お互いの成長・個性を認め合う文化が根付き、きちんとした軸を持ちながら自走できていると感じます。
このようにさまざまな取り組みを行う中で実感しているのは、手段を変えながら何度も何度もしつこく言葉にしてもらう作業を繰り返しながら、自分の過去・今・将来、そしてコンピテンシーを俯瞰して理解し、自分のものにしていくことの大切さです。総合型選抜入試や学校推薦型選抜入試の割合が年々増えていますが、出願のタイミングになってはじめてそれまでの経験や学び、自身の強みや可能性などについて言語化するのでは遅いのです。これからの入試に強い生徒、そして、これからの社会を果敢に生きていく生徒を育てるためには、入学時から自分の能力を客観的に把握し、その成長をさまざまな経験と併せて言語化するのが当たり前という環境を作っていくことが重要だと思っています。このような活動に取り組んだ生徒たちが卒業後もどのように成長を遂げていくのかを楽しみにしながら、今後も「Ai GROW」の活用とコンピテンシーの共通言語化に取り組んでいきたいと思っています。