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2022.02.16

【セミナーレポート】第11回 生徒の資質・能力の育成とその適切な評価の実現に向けて 〜非認知能力の重要性とその成長を促す具体的方策〜

セミナーレポート

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非認知能力の育成が重視されている一方、その育成と評価に苦慮されている学校、先生方は少なくありません。

そこで、学童保育指導員を9年間経験された後、教育方法学の研究を行う岡山大学准教授の中山芳一先生を講師に迎え、「非認知能力育成の重要性」と「生徒の非認知能力の伸ばし方」についてお話しいただきました。

【講師紹介】

中山芳一先生(岡山大学 全学教育・学生支援機構 准教授)

岡山大学教育学部卒業後、当時は岡山県内に男性一人といわれた学童保育指導員として9年間在職。学童保育の研究が将来的な学童保育の充実に必要不可欠と確信し、教育方法学研究の道へ方向転換した。現在は、岡山大学全学教育・学生支援機構の准教授として学生たちのキャリア教育や課外活動支援を担当するとともに、全学生必修の初年次キャリア教育の主担当教員も務める。そして、20年以上におよぶ小学生と大学生の教育経験から「非認知能力の育成」という共通点を見出し、全国各地で非認知能力の育成を中心とした教育実践の在り方を提唱。現在、幼児教育や小中高の教員、一般の児童・生徒や保護者を対象とした講演会の回数は年間200件を超える。主な著書に『東大メンタル -「ドラゴン桜」に学ぶやりたくないことでも結果を出す技術』(2021年、日経BP)がある。

 


非認知能力とはどのような能力なのか?

 

非認知能力が今これほど注目を集めている理由の一つは、2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンの研究があります。幼児教育を中心とした非認知能力プログラムを受けている子どもと受けていない子どもを比較したところ、受けていた子どもの方が、基礎学力が向上し、40歳時点での給与や持ち家率も高かったというものです。

ここで認知能力と非認知能力を整理しておくと、認知能力は点数で測定できるもの、非認知能力は点数で測定できないもので、以前から思いやりの心、やる気、元気、などと呼ばれていた個人の内面的な特性を指します。ですから、非認知能力のうち「具体的に何の能力が育まれたのか」という捉え方をする必要があります。私は非認知能力を以下の3つのグループに分けて考えています。

●自分と向き合う力:自制心、忍耐力、レジリエンス など
●自分を高める力:意欲・向上心、自信・自尊感情、楽観性 など
●他者とつながる力:コミュニケーション力、共感性、社交性・協調性 など

非認知能力において重要なポイントは、我慢強い人はストレスをためやすくなる、自分の可能性を信じられる人は無謀な挑戦をしがちである、というように、プラス面とマイナス面があるということです。ただ高めればいいわけではなく、状況によって使いこなせたり、組み合わせて活用できたりする状態を目指すべきものです。脳の前頭前野が非認知能力を司っており、特に伸びるのは10歳から18歳だといわれます。この伸び盛りの時期に、ぜひ脳に刺激を与えていきましょう。

 

非認知能力はお金をかけずに伸ばせて、汎用性も高い

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非認知能力は3つのレベルから捉えることができます。そのうち、もっとも深いところに位置するのが「性格・気質・基本特性」で、内向的、外交的、多動的、といった性格や特性に相当する部分で、3歳以降は変えられないといわれます。そして、ある程度上のレイヤーに位置するのが「言葉遣い・立ち振る舞い」です。この部分は、どんな場合に「ごめんね」と言うかといった礼儀、ビジネスマナーやプレゼンスキルといった部分で、変えるのは容易ですが、状況に依存するので汎用性は低くなります。そして、これらに挟まれる形で存在するのが「価値観・自己認識・行動特性」に相当し、変えることが比較的容易で、汎用性が高いものです。

具体例を基に、この3つのレベルの非認知能力の関係性を紐解いていきます。例えば、自己中心的な傾向が強い気質を持っている子どもに、他者とつながる力を伸ばしてほしい場合、「他者と折り合いをつけられることって大事だよね」と価値観に働き掛け、「あなたならきっと他者の思いを理解できるよ」と自己認識に働き掛け、「相手が話し始めたら、自分の話を止めて相手に耳を傾けようね」と行動特性に働き掛けることが有効です。

非認知能力の育成で忘れてはいけないのが、意識付けはできても、押し付けができないという点です。自分から「もっと我慢できるようになろう」「他の人と折り合いをつけられるようになろう」という意識を持つことによってのみ育まれます。認知能力を伸ばすにはお金がかかり、トレーニングも必要となりますが、非認知能力を伸ばすには、お金も特別なトレーニングも必要ありません。本人がさまざまな人たちと出会い、何かに取り組む中で意識していくだけで非認知能力は伸びていくのです。

 

どうすれば本人の「意識付け」ができるのか?

 

「東大に合格する」とか「10位以内に入る」といった目標は、結果が「できた/できなかった」という2択になり、意識付けをするポイントが乏しくなってしまいます。非認知能力を伸ばす上で重視すべきはプロセスです。プロセスを共有することによって、何をどのようにやってきたのか、何をしたらどうなったのか、意味のあるさまざまな意識付けが可能になります。

このような考え方を基に教育現場で先生方と一緒に取り組んでいるのが、「非認知能力のための教育実践ステップ」です。ステップ1.0からステップ4.0まで順を追ってご紹介します。

 

ステップ1.0 非認知能力を明示化し、生徒を見取る“レンズ”を作る

 

校訓には「心豊かでたくましくやさしい子ども」「誠実 明朗 忍耐」といったものが多く、学校現場は昔から非認知能力の育成に重きを置いてきたことが分かります。ただ、このままだと抽象的で、何をどう伸ばしたらいいのかが分かりません。そこで、伸ばしたい非認知能力を具体化して、さらに非認知能力ごとに具体的な行動指標を作ります。これを「チャンク(=塊)ダウン」と呼んでいます。ベテランの先生が見ても新人の先生が見ても分かるものにすること、また、特定の個人が作るのではなく、チーム全体で作って共有することが大切になってきます。生徒を見取る“レンズ”を作るというイメージです。なお、チャンクダウンはJAXAの宇宙飛行士の訓練でも行われています。

 

ステップ2.0 生徒にフィードバックし、生徒と“レンズ”を共有する

 

ステップ2.0ではステップ1.0で作った、生徒を見取る“レンズ”を活用して生徒にフィードバックをしていきますが、生徒に「先生は私のこんなところにまで気がついてくれるんだ」「フィードバックがすごく分かりやすい」というように感じてもらえれば、生徒の意識付けができる状態になります。これまで見取りは教員のセンスで行うものだと思われてきた節がありますが、そうではありません。必要なのは専門性で、そのために “レンズ”が必要になるのです。“レンズ”は生徒とも共有します。授業で何を目指すのか、通常の指標とともに、非認知能力の育成という観点で目指す行動指標も示しておくことで、生徒に意識付けができます。なお、フィンランドでは子どもたちの良いところにフォーカスする「See the Good!」という教育が行われており、そのアプリは8割近い中高生がダウンロードしているそうです。

 

ステップ3.5と4.0 スモールステップを用意し、非認知能力を評価する

 

最後のステップは評価、アセスメントです。非認知能力は点数化できないので評価が非常に難しいですが、例えば、「他者とつながる力」であればスモールステップとして「何を用意すればいいのか」というところから考えます。

私がアドバイザーとして関わっているプロジェクトに、岡山県井原市の「井原“志”民力」があります。志を持った市民を育むことを目指し、いばら愛、郷土愛、当事者性、やり抜く力、忍耐、向上心、巻き込む力、発信、協働の9つの行動指標を用意しました。さらにそれぞれを2つに細分化し、計18個の行動指標を作成し、年に2回、市民の方々に自己評価してもらうという試みを行っています。

 

非認知能力の評価においては他者評価が不可欠

 

非認知能力の評価は「育てるための評価」なので主観が入ってもいいのですが、自己評価に加えて、第三者的な視点を持たせたり、客観性を持たせたりすることはできないのかと悩んできました。そんな中で「Ai GROW」を知り、はじめは半信半疑でしたが、IGSの「非認知能力を可視化することで子どもたちの自己肯定感を高め、教師の見取りの観点やフィードバックをより豊かにしていきたい」という考え方に共感しました。自己評価が低い項目に対して周囲の評価の高さをフィードバックすることで自己肯定感が高まっていくということも実感しており、これからさまざまな試みを一緒にやっていけたらと考えています。

新学習指導要領は「主体的・対話的で深い学び」を掲げていますが、主体的と自主的が混同されることが多いように感じます。自分で自分のことを動かす状態が「自主的」ですが、これだけでは「主体的」にはなりません。そこに、周囲への共感、協調、責任といった利他性が加わるとはじめて「主体的」になります。自己評価に周りからの評価を結び付けることによってはじめて主体性を評価することができるのではないでしょうか。そのためにも、非認知能力の評価においては、「Ai GROW」が大切にしている相互評価(360°評価)がとても重要だと考えています。

 

編集・執筆:株式会社REGION