学習指導要領の改訂により、「生きる力」や「学びに向かう力」など、さまざまな非認知能力の育成が求められています。これに伴い、学習評価も3つの観点((1)知識・技能、(2)思考力・判断力・表現力等、(3)主体的に学習に取り組む態度)で行うことになりました。
一方で、非認知能力の育成と評価に苦慮されている先生は少なくありません。そこでIGSは、各分野の有識者のお力をお借りし、2日間にわたって「学習者のための評価」に必要となる視点や環境、アプローチとともに具体的な方策について整理するフォーラムを開催しました。
第1部:<基調講演>非認知能力は伸ばせるのか?
中室牧子先生(経済学者、慶應義塾大学 総合政策学部 教授)
フォーラム二日目の基調講演に登壇したのは、経済学者で『「学力」の経済学』著者の中室牧子先生。経済学は客観性を非常に大切にする学問であるという前提に触れ、「エビデンスに基づいて非認知能力について解き明かしていきたい」と切り出しました。学歴と収入の相関については、「高卒、大卒といった意味での『学歴』と将来の収入に相関関係があることは研究で明らかになっているが、大学の偏差値と将来の収入に関しては研究によって結果が分かれ、相関がないと結論づけるものも多い」と紹介。大学の専攻の方が影響は大きいという研究結果にも触れ、「今後、企業がデータをもとに学生の能力を正確に知れるようになった場合、大学の偏差値で選抜することはなくなるだろう」と指摘しました。
経団連によれば、新卒採用時の選考で最重視したことの1位は16年連続でコミュニケーション力です。コミュニケーション能力を含む社会スキルが特に高い人が割り当てられたチームは、全体のパフォーマンスが高くなるという研究結果に触れながら(Weidmann & Deming, 2020)、「労働市場における非認知能力の価値が非常に高まっているという経済学の研究結果が続々と登場している」と説明。例として、アメリカでは1980年から2012年の間に、高度な「社会スキル」が必要な仕事は12ポイント増加したという研究(Deming, 2017)、パーソナリティが収入に与える影響は15年間で12%増加しているといったフィンランド人のデータを用いた研究(Jokela, et al 2017)、賃金に対する影響は認知能力以上に非認知能力の影響が大きいといった研究(Lindqvist &Roine , 2011)を挙げ、非認知能力への投資は過小投資になっているという指摘にも言及しました。
次に、エセックス大のスール・アラン教授が、経済学の分野で非認知能力を伸ばす実験を多数手掛け注目を集めているとし、トルコの小学校で行われた「物事をやり抜く力を育てる」プログラムを紹介。自転車が欲しい女の子が、今欲しいものを我慢して将来自転車を手に入れるか、今欲しいものを買って自転車は手に入れられないか、“タイムマシンで見に行く”(=想像する)というトレーニングを行った結果、自制心と忍耐力が伸び、その効果は2年半持続したとして、非認知能力がもたらす影響は非常に長期的であることを紹介しました。
また、自分より学力の高い学校に入学し、最下位になってから浮上できない「深海魚」と呼ばれる現象がなぜ生まれるかという切り口から、準拠集団の中での順位が成績の伸びに与える影響にも言及。中室先生が埼玉県のビッグデータを使った研究では、学力が全く同じだったとしても学内順位が高い生徒の方が後々の成績が伸びる結果になったとし、「これには非認知能力の『自己効力感』『努力』が関わっている。最下位からを浮上させるには『自分はやればできる、努力が大事だ』ということを訴え続けることだ」とまとめました。
最後に、先行研究が海外に多いことに触れ、「日本の研究にはさまざまな制約がかけられ、その最大のものはデータ。エビデンスに基づいた教育を行うためにも、同一の生徒や学生を入学前、就学後、就職後と長期にわたって追跡できるデータが必要で、こうした体制を構築する必要がある」と力を込めました。
第2部:評価の文化を育む~国際バカロレアの評価の視点から~
藤野智子先生(東京学芸大学大学院 教育学研究科 准教授)
第2部では、国際バカロレア(IB)教員養成に取り組む藤野智子先生が、学習者の自律を促す評価について講演を行いました。IBは世界159カ国以上の国や地域の約5,500校で実施されている総合的なプログラムです。「国際的に通用する大学入学資格を与え、大学進学へのルートを確保すること」と「世界の複雑さを理解して、そのことに対処できる生徒を育成し、生徒に対し、未来へ責任ある行動をとるための態度とスキルを身に付けさせること」を目的としていると紹介し、「IBの特徴には、学習者中心、探究学習、スキルの獲得、などが含まれ、新学習指導要領とも親和性が高い」と指摘しました。
IBが総合的な評価の文化を育む出発点として示す「評価に必要な能力を学習コミュニティ内で開発する」「教師が協働的に評価を計画し、振り返り、調整するための機会をつくる」などの6点に触れ、特に重要となる3つのキーワードとして共通理解、振り返り、協働、を挙げました。また、IBでは総括的評価と形成的評価を明確に区別していると述べ、前者は期末テストなど成績のための評価、後者は学習を促すための評価であると明示しました。
「共通理解」とは、到達基準と到達像を簡潔かつ明快に示すことにより、教師と生徒が評価の共通理解を持つことであると説明し、「評価課題としてあらかじめルーブリックが明示されたことで、何を求められ、何を目指すのか、長期的な見通しを持って自分で考えやすかった」というIB卒業生の言葉を紹介しました。「振り返り」は自己調整学習を支えるものになるとしたうえで、学内・学外活動において生徒自身が成果を自己評価し、自己改善につなげる具体的な工夫を提示しました。
「協働」に関しては教師同士の関係性を取り上げ、「小論文などの採点に不安や負担感があるという教師も多いと思うが、教師同士が協働して悩みや問題を乗り越えていくことが重要」と述べました。評価を「ひっそり、なんとなく」やるのではなく、教師同士、教師と生徒、生徒と生徒、そこに保護者も含めて建設的な議論を行いながら協働して進めることで、評価は学校コミュニティに関わるすべての人々にとって意味のあるものになっていく、と総括しました。
第3部:教育DXによる学習歴の活用可能性(対談形式)
江川昭夫先生(森村学園中等部・高等部 校長)
第3部では、森村学園中等部・高等部 校長の江川昭夫先生が登壇。冒頭、IGSの中里取締役より、森村学園が参画しているスタープロジェクトの紹介がありました。「中室先生のお話でも重要性が指摘された、一人の児童、生徒の長期にわたる学習データの蓄積に対応するための実証実験で、プロジェクトリーダーは、慶應義塾大学経済学部の経済研究所Fintechセンター、IGSはブロックチェーンの仕組みを開発している」「自分が希望するタイミングから自分の情報を蓄積していくことが可能で、それが学校を超え、社会人になっても引き継がれていく。情報は暗号化され、情報にアクセスできるのも、誰にどのように提供するのか決めるのも本人だけである」と説明があり、2022年度で終了したのちに実際に広く活用していくという展望が示されました。
森村学園は、1910年に実業家森村伊左衛門によって創立された神奈川県横浜市の中高一貫校です。建学の精神は「獨立自螢」、校訓は「正直・親切・勤勉」で、真に社会に役立つ人材を育成するという学校です。8万平米を超える緑豊かな敷地内に幼稚園もあります。江川先生は、現状では学習歴について最も重視されているのは大学進学に必要になる高校生のポートフォリオ、調査書であるとしながら、「幼稚部、小学校、中学校、高校、それぞれで学習履歴はあるが、現時点では結び付けられていないのは課題だと認識している。最長15年間蓄積できる本校の利点を生かし『学びの履歴書』を構築していきたい」と語りました。
「学びの履歴書」に何を含めるかについては検討中であるとしながら、具体的に考えているものとして、自由課題研究、卒業アルバム、「Ai GROW」の受検結果、さまざまな作品や動画などを挙げました。111年の歴史があるため同窓生も多く、いずれは同窓生の学習履歴とともに卒業後の動向も含めてデータ化し、集積していきたいと力を込めました。また、15年間の学びの履歴は「自分史」とも言えるのではないかと指摘し、「何を学び、何を得て、どのように成長したかを振り返る、そして振り返りの中で、達成感を得ることが大事」とまとめました。
編集・執筆:株式会社REGION