今回のセミナーでは、戸田市教育委員会の山本典明氏、広島県教育委員会の村田耕一氏をお招きし、教育改革を推進していく土壌の築き方や実証事業の取り組みについてお話いただきました。
第1部:戸田市におけるEBPMの推進と教育政策シンクタンク構想
【講師】
山本典明氏(戸田市教育委員会 教育政策室 指導主事)
東京大学卒業後、東京大学大学院を修了。教育関係の公益財団法人に入職し、学校や教育委員会を対象とした営業・営業企画を経験。2019年度に戸田市役所に教育枠採用で入庁、現在所属の教育政策室に配属される。主に教育データ利活用に関連する業務を担当し、庁内のデータ分析や外部との共同研究を進める。2021年度に指導主事を拝命。
戸田市では、第3次戸田市教育振興計画から、非認知能力を子供たちに身に付けさせることを盛り込んできました。やり抜く力、好奇心、といった非認知能力を身に付けさせることが子供たちの将来に非常に重要だと考え、第4次戸田市教育振興計画では「とだっ子やり抜く力で未来に夢を」というキャッチフレーズの説明で、非認知能力について言及しています。子供たちをいろいろな視点から評価してあげられるようにさまざまな指標を用いてEBPMを推進することも一つの方針です。
EBPM推進の背景
EBPM推進の背景には、授業改善をより効果的に進める必要があるという課題があります。先生方の経験や勘だけに頼らず、客観的なエビデンスを示しながら着実に授業改善を進めたいと考えています。そして学力面だけでなく、非認知能力育成の取組を効果的に進めるために指標として活用できる「Ai GROW」を導入しています。データの活用においては、定量的なデータと併せて、先生方が子供たちを観察して得た知見や、子供たちに対するアンケート調査といった定性的なデータも活用しています。目的に合わせて必要なものを組み合わせる必要があると考えています。
データの利活用で目指すことは大きく3点あります。まず、PDCAサイクルを確立していきたいということ。授業改善に係る知見を、数字を根拠にしつつ一般化、基準化し、優れた指導等を形式知化、可視化して、横展開できるかたちで学校現場全体にフィードバックすることで、指導力の全体的な向上を図っていきたいと考えています。次に、教育改革の新たな指標の発見です。学力テストの結果だけではなく、さまざまな指標を用いて授業の改善を目指したいと思っています。さらに、新しい指標を見つけたら取り組みを進め、授業改善に生かせるような知見を得たいと考えています。
教育政策シンクタンクを設置した狙い
戸田市では、EBPMを推進する上で教育委員会のなかに「戸田市教育政策シンクタンク」を設置しています。EBPM推進の核となることを目的としています。現在取り組み始めている取組として、子供たちの発話量を可視化するシステムを用いた授業実践の研究や、学校から得られるデータ・行政が持っているデータを合わせて子供たちを見ていけるような行政データベースの構築が挙げられます。
教育委員会内部にシンクタンクを設置するメリットは少なくありません。教育政策を考えるうえで主導性を発揮できますし、外部との協働がなくてもある程度の分析調査研究ができる体制を作ることで、機動力が高まります。また、ビッグデータを用いた分析で一般的な傾向や知見は得られますが、「戸田市ではどうなのか」を大事にしながら、戸田市のデータを現場でどう生かせるかという視点で調査分析や研究を進められるのは大きなメリットです。
▲教育政策シンクタンク設置の狙い
「Ai GROW」の結果をもとに学校へフィードバック
「Ai GROW」を活用して、小学校、中学校において、学力とコンピテンシーの相関を調査したところ、学力テストの結果と正の相関が見られました。小学校では特に「論理的思考」との相関が高く、中学校では「論理的思考」「課題設定」「疑う力」「表現力」との相関が高いことがわかりました。この結果を受け、小学校、中学校に対して以下のようなフィードバックを行っています。
・学力との相関関係が高いコンピテンシーを、これまで行ってきた学力向上のための取り組みのなかに適切に位置づけ、学力向上を図るとともにコンピテンシーも伸ばしていく
・相関関係がそれほど高くないコンピテンシーについては、学級経営などのなかに積極的に位置づけることが重要なのではないか
「Ai GROW」の2回目の受検結果が1回目より伸びているクラスの担任の先生に、どんな取り組みをしたかをインタビューしたところ、創造性、自己効力、共感傾聴力、論理的思考、個人的実行力、決断力、それぞれについて有効だと思われる取り組みも見えてきました。詳しくは戸田市教育委員会のホームページに掲載されている研究集録にまとめてありますので、検索して参考にしていただければと思います。
▲戸田市教育研究集録について
第2部:広島県における「個別最適な学び」に関する実証研究事業
【講師】
村田耕一氏(広島県教育委員会 義務教育指導課 指導主事)
広島大学大学院を修了後、広島県内の小学校、広島県立教育センター、広島県教育委員会義務教育指導課、個別最適な学び担当を経て、現職。令和元年度「個別最適な学び」の実現に必要な観点などについて整理した「個別の状況に応じたカリキュラムの編成・実践に関する提案」を作成、公開。令和2年度から県内4地域で提案を基にした実証研究事業に取り組んでいる。
平成31年4月、広島県教育委員会に「個別最適な学び担当」が新設されました。課長を含めて4名、ミッションは、広島県が考える個別最適な学びとは何かを明らかにすることです。1年間かけて全国の先進事例を見せていただいたり、有識者の方々に話を聞かせていただいたりして、「個別の状況に応じたカリキュラムの編成・実践に関する提案」を作成・公開しました。
「個別最適な学び」に関する実証研究事業の実施経緯
広島県では、平成26年に「学びの変革アクション・プラン」を策定し、平成27年からコンピテンシーの育成を目指した主体的な学びの実現を目指し、取組を進めています。しかし現状分析の結果、主体的に学ぶことが難しい児童生徒が小学校で約1割、中学校で約2割おり、彼らは自己肯定感が低く、学ぶ楽しさやできる喜びを感じた経験が少ないという傾向も見えてきました。そこで、多様な学びの選択肢を提供することで、子どもたちが自己決定を繰り返しながら主体的な学びが展開できれば、学びの好循環を作り出すことができるのではないか。そういった考えから、広島県が考える個別最適な学びの目標を以下のように決定しました。
◆目標:全ての児童生徒が主体的に学び続けることができる状態
◆方法:一人ひとりの進路や能力・関心に応じて多様な学びの選択肢を提供していく
提案の中では、個別最適な学びに必要な「7つの観点」を以下のようにまとめました。全国各地を視察した中で、うまくいっている取り組みを整理して作成したものです。
▲個別最適な学びに必要な観点
「個別最適な学び」に最も必要なのはマインドセット
翌年、提案に沿って一緒に実証研究をやってみたい学校を募り、4地域での実証研究事業がスタートしました。一般的には、実証研究を進めようとするとき、学びの内容、カリキュラム、進め方、評価、といった具体的な方策に目が行きがちです。しかし、一番大切なのは「マインドセット」です。全国の視察をする中で、ここがしっかり共有できている学校や教育施設は、取り組みがうまく進んでいると感じていました。4地域の実証校においても、最初に"マインドセット期間"を設け、学校の理念を再確認し、現在の課題は何か、どんな子供を育てたいのか、それはなぜか、といった対話を積み重ねていきました。その上で、それぞれの学校が以下のような教育実践に取り組みました。
▲個別最適な学びに関する実証研究の取組概要
実証研究事業で見えてきた教育効果について
どの実証校においても、子供たちが自己決定すること、自らの学びをコントロールすることを特に重視してきました。1年後、先生方へのインタビューでは「授業前にノートを開いてその日の学習内容を確認する児童が増えた」などの声が聞かれ、子供たちへの調査では「自分から進んで取り組むことができた」という回答が約9割に達しました。同時に「Ai GROW」で効果測定した結果、実行力、自己効力、主体性、などの資質能力が伸びていました。質的な評価や実感に加えて数値的な裏付けを取ることで、他の学校への横展開もしやすくなります。各実証校は、1年次の取り組みを踏まえて2年次にチャレンジをしていく段階を迎え、新たな実証校も加わりました。引き続き、面白い取り組みが生まれてくると期待しています。
第3部:広島県教育委員会✕戸田市教育委員会 パネル・ディスカッション
DX実現のためには3つのP(Philosophy, People, Process)が必要だと言われますが、People、Processにフォーカスして、チャレンジを行う上での課題や働き方改革の観点などについて、村田氏、山本氏にお話いただきました。
Q1.管理職の育成に関しては、具体的にどのようなことをされていますか?
山本氏 管理職の先生方への研修で外部の講師を積極的に呼ぶなど、新しい知見を真っ先に取り入れてもらえる体制になっていると思います。昨年は、教職員や学校間で教育に関する知識を深めるEducation Weekを設けました。
村田氏 この実証事業は提言や手引書というものではなく「一緒に作っていこう」というもので、「先生とチームになってやっていく」というのがコンセプトです。管理職も含めて先生方と常に対話をしながら、何でも言い合えるというようなフラットな関係性を築いていくことを大事にしています。校長先生と連携しながら、先生が安心してチャレンジできる環境をいかに作っていくかがポイントだと思っています。
こうした実証校の取組について、管理職研修において紹介するなどしています。
Q2.先生方のICTスキルはどのように育成されていますか?
山本氏 学校現場や教育委員会にICTサポートスタッフが常駐し、何かあればすぐに対応できるような窓口を設けています。新しいシステムを入れる際は、サポートが充実しているかどうかを重視し、先生だけに新しいシステムを任せないように気をつけています。ICTが苦手な先生でも嫌にならないためのサポートに力を入れています。
村田氏 ICTに関しては子供たちの方が力を持っているので、委ねてしまうというのも一案です。ある実証校では休憩時間にもICTデバイスを子供たちに開放していて、最初はYouTubeを見たりしますが、やがてタイピング練習を始めたりします。先生同士でフラットな関係性を作り、分からなかったら得意な先生に聞ける環境にしておくことも効果的です。
Q3.学校の先生方や教育委員会のチームワークはどのように醸成されていますか?
山本氏 新しい提案に対して手を挙げやすい風土、サポート体制がキーとなる気がします。外部から共同研究の提案などがあった際に、若手の先生が興味を持つことがありますが、そこで、校長先生や管理職の先生が、手を挙げた先生を中心にプロジェクト体制を作ってサポートできる学校は、チームワークがうまくいっているように感じます。
村田氏 先生方をオンラインでつないで、取り組みに関する悩みを自由に話せる場を設けたり、個別相談を受け付けたりしています。また、取り組みの良いところを写真や動画で共有するようにして、できていないことに注目するよりできていること、素敵なことをみんなに広める文化を作って、いい関係性を作れるようにしています。
教育委員会内においても、実証校の取組をもとに対話会を設けたりして、共通理解を図っています。
Q4.データ活用のプロセスを教えてください。
山本氏 取り組みの効果検証にはどのような指標が必要なのかをブレイクダウンし、測定すべきものは何かという視点で具体的なサービスを選定するとよいと思います。戸田市では非認知能力を伸ばしたいと考えていましたが、何を指標にしたらいいのかわからないという課題があり、「Ai GROW」が課題解決にぴったりハマりました。
村田氏 実証校の取組の効果を数値化し、客観性を持たせて、より広く展開していけたらと感じていました。「Ai GROW」でコンピテンシーを数値化、可視化できたことで、しっかりとした検証や報告書の作成ができました。ただ、先生方の主観ももちろん大事なので、先生へのアンケート調査や聞き取りも行い、データと質的な情報のベストミックスを目指しています。
編集・執筆:株式会社REGION