
馳川祐子先生(大阪偕星学園高等学校 教頭)
IGSが2026年2月にまとめた「非認知能力と共通テストの関係性分析」は、ひとつの意外な結果を示しました。大学入学共通テスト7教科21科目のうち、生徒の非認知能力スコアと得点の向上の相関関係が大きかった科目が古文だったのです(ΔR²=+0.129)※。
※ΔR²(デルタR二乗)は、統計学や機械学習における重回帰分析において、特定の変数をモデルに追加したことで、説明力(決定計数R²)がどれだけ向上したかを示す指標
学校差や偏差値だけでは、古文の点数はほとんど予測できない(学校のみの決定係数R²は-0.038)。それが、説明要素にコンピテンシーを加えた瞬間に説明力が一気に上がる。古文という科目の点数が、学校というよりむしろ「ひとり一人の内面の構え」に強く依存していることを示唆する結果です。

▲IGS「非認知能力と共通テストの関係性分析」の結果、古文と非認知能力の関係に高い相関が認められた
なぜ、古文なのか─。私たちはこの問いを携えて、進学学習塾での講師時代から今日まで、複数の私立中高で古文を教えてこられた大阪偕星学園高等学校の馳川祐子先生に取材を申し込みました。馳川先生は文学部の近世文学ゼミ出身で、現在は同校の教頭として、教員のPBL型プロジェクトなどの取り組みを進めています。馳川先生のお話は、データが照らし出した「古文という教科の特異性」を、現場の言葉で鮮やかに描き直すものでした。
「ルールを理解する子」が、他の教科にも橋を架ける
「国語の上位者には、おおむね二通りいると思います。現代文だけは得意で英語も古文もダメというタイプ。もう一方が、現代文も古文もしっかりこなせて、特に古文がピカイチというタイプです」馳川先生は、長年の指導経験からそう切り出しました。後者は「ものごとのルールを理解できる子」であり、その理解の仕方を他の教科にも応用できる─そんな共通項があるといいます。馳川先生ご自身は前者でも後者でもない「古文しか読めないタイプ」と笑います。中学生のころに宝塚歌劇の『新源氏物語』に出会い、その内容に衝撃を受け古文の文化や歴史背景、言葉の響きそのものに感覚でひかれて、のめり込んだそうです。
象徴的なのは、前任校である東京都内の私立中高で担任をもった、ある女子生徒のエピソードです。中学時代は言動がストレートであるために「悪い子レッテル」を貼られがちで、高1で出会ったときには、厳しい成績水準の教科もいくつかあったものの、古文はルールをきちんと理解して、高い精度で読めていました。その生徒自身も「自分は国語だけでやっていけるんですかね」と話していたものの、馳川先生は「だったらこのまま古文を、徹底的にやろう」と背中を押してあげたそうです。すると、その生徒の古文の読解力はクラスでも有名になり、いつしか仲間に古文を教える側に。逆にクラスメートから日本史や数学を教わる姿が見られるようになり、彼女自身も他教科の学びに自ら手を伸ばしはじめました。行事でもクラスのリーダー的存在に。最終的に、その生徒は受けたMARCHはすべて合格。結果的に明治大学に進学した彼女は、大学でも古文ゼミで学び、いまは東京都の中学校教員として教壇に立っているそうです。
「『人に教える』という経験を通して、『自分の強みは他にも応用できる』と気づいた瞬間がきっとあったのだと思います。古文ができる、というその一点を信じて伸ばしていけば、影響力もコンピテンシーも、後からついてくるのでは」(馳川先生)

▲生徒どうしの議論を引き出す馳川先生の古文の授業の様子
「古文は手段でしかない」─陶酔と論理が同居する科目
馳川先生の指導観を要約すれば、「古文は手段にすぎない」のひとことに尽きます。古文の指導の中でよく課題に出される「現代語訳」も、場合によってはあらかじめ生徒に配ってしまう。訳を読んでから本文に向かう生徒も、本文から訳を組み立てる生徒も、同じ価値として受け取る。
「古文を通して、心が動いたり、思考力が深まったり、人と何かを成し遂げたり、自分なりに仮説を立てたりすることができる。だから、古文そのものが好きじゃなくてもいいんです。私自身がたまたま古文に心を奪われているだけで」
それでも、生徒の興味をひきつける材料として、馳川先生は古文の「教科書に載らない部分」を惜しげもなく使ってきました。代表例が『源氏物語』です。前任校の難関大対策クラスでは、1学期間まるごとを『源氏物語』に充てた時期があったといいます。嫉妬で生霊が人を死にいたらしめる場面、宮中での権力闘争─。「教科書では絶対にカットされる側」をかいつまんで生徒の関心を誘う。その結果、夏休み中ずっと『源氏物語』を読みふけり、大学入学共通テストの国語で200点満点を取る生徒まで現れたといいます。
「『古文の世界の話を議論したって、誰も傷つかない』。これも大きいんですよ。1300年前の人間関係を題材に、自分ならどう動くか、どう仲裁するかを話し合える。想像力と知識の両方を要求される、議論にうってつけの素材なんです」
「面白センサー」をどう駆動させるか─大阪偕星学園での挑戦
馳川先生は現任校の大阪偕星学園高等学校でも、教頭として学校改革を進める傍ら、1年間、古文の指導も行っていました。その中で現任校で重視しているのは、授業や学びを「おもしろがる」という、学びの入り口になる感性をいかに伸ばすか、という点です。
「人によっては、高校がさまざまな文化資本を獲得するきっかけのラストチャンスかもしれない。だからこそ、教科の授業も含めて『面白センサーを駆動させる』ことが指導の大きな鍵になります」
その実例のひとつが、昨年度の言語文化の授業で扱った『伽婢子(おとぎぼうこ)』百物語です。隣のクラスの先生からの提案で、百物語の場面を生成AI(Gemini)に絵で再現させてみる課題に挑戦。生徒は古文の内容を読み解いて、「この場面はろうそくが100本あって、青い着物の人が5人で囲んでいて……」とAIに指示を出していきます。提出物では、人数が増えていたり、ハロウィン風の提灯になっていたりと、思うようにいかない場面も多々あるのですが、その「絵にできない部分」を補うために、生徒どうしで本文を読み返し、解釈を擦り合わせていく。「古文の方が現代文の『羅生門』よりわかりやすかった」という生徒の声まで出るようになったといいます。

▲馳川先生が生成AIで作成し生徒と共有した『御伽婢子(おとぎぼうこ)』百物語のイラスト
もうひとつ、馳川先生が独自に活用しているのが、「Ai GROW」の「グルーピング機能」です。「Ai GROW」の気質診断とコンピテンシー計測結果を基にバランスを取った班編成をしたうえで、生徒には「この班には誰か一人、頼りになる人がいます。それは学力かもしれないし、リーダーシップかもしれないし、楽しませる力かもしれない。お互いそれを想像しながらやってください」とだけ伝える。すると、生徒同士が「自分は何を発揮するんだろう」と探りはじめ、いつもの仲良しグループとは違う組み合わせの中で、自然と多様な貢献が生まれてくるのだといいます。
象徴的だったのが、「俺なんか勉強できないし」が口癖だった男子生徒の変化です。古文が得意な生徒が解説するための調べ学習という地道な作業を一手に引き受け、その勉強に自信のなさそうな子に発表を譲ってくれた。その発表が褒められると、調べた生徒も、発表した生徒もうれしそうな顔をする。「ちょっとまんざらでもない」表情から始まったこの2人は、その後も古文の時間のグループワークを楽しそうにやっていました。もともと得意だった彼だけでなく、苦手意識の強かった生徒も、今年度のクラス替えで2人ともコース内の上位クラスに進みました。コンピテンシーでいえば「影響力の行使(「IGS非認知能力白書2025年度版」で日本の中高生がもっとも伸ばしにくいとされた能力)」が、古文を起点に明確に伸びた事例です。
「楽しさ」と「ペーパーテスト」は、両立できる─教員自身のPBL
取材の終盤、馳川先生から私たちに、ひとつの問いが返ってきました。「『生徒が楽しく古文を読むこと』と、『ペーパーテストで高得点を取ること』は両立できないと、多くの先生方が思っていらっしゃいます。本当に、この両立は難しいのでしょうか」
馳川先生がここまで語ってきた事例─『源氏物語』に陶酔した生徒の国語満点、古文が得意で「国語だけ」だと思っていた生徒の明治大学合格、「影響力の行使」が伸びた男子生徒の上位クラス入り─は、いずれも「楽しさとできた実感を徹底的に大切にした結果として、点数がきた」事例でした。にもかかわらず現場では、「楽しさを取れば点数を諦める」「点数を取るためには楽しさを犠牲にする」という二項対立が、暗黙の前提になりがちです。

▲『御伽婢子(おとぎぼうこ)』百物語の授業で生徒と一緒に作ったメモ
これに対して、馳川先生がいま大阪偕星学園で進めているのが、教員自身のPBL型プロジェクトです。今年度、学校全体で4つのプロジェクト(一般選抜入試で関関同立などの難関大学に挑む生徒の支援 / 総合型選抜入試で力を発揮する生徒の支援 / 授業改善 / 生活上の問題解決)を立ち上げました。ミドルリーダー層を中心に声をかけつつエントリー制で募ったところ、年齢・役職を問わず自発的な参加も相次ぎ、80名強の教職員のうち約30名が集まりました。
並行して、模擬試験、「Ai GROW」、学校評価アンケート、受験生アンケートの4種類のデータを分析する4チームを編成し、「氷山モデルの下にある根っこの問題」を、感覚ではなくデータから仮説立てしていく取り組みも始まっています。「生徒のコンピテンシーを伸ばす授業を作るためには、まず私たち教員自身が、自分たちで仮説を立てて検証するPBLを経験しないといけない」─そう話す馳川先生の構想は、自身の経験を「古文」以外にも波及させつつ、教科の改善を通して学校組織全体を「探究する組織」につくり変えていく、という壮大なゴールが伺えました。
「教科×非認知能力」シリーズの、第一歩として
馳川先生の語りは、IGSの分析が示した「大学入学共通テストにおける古文の得点は学校差では予測できないが、説明要素にコンピテンシーを足すことで一気に上がる」というデータの輪郭を、現場の手触りで埋めるものでした。古文という教科は、ルールを理解する論理の世界と、人間の機微に陶酔する想像の世界とを同居させながら、生徒の内面の構えそのものを学びの土台に変えていく─高等学校の学びでは他にはあまりない、特異な構造をもっているのかもしれません。
IGSではこの取材を皮切りに、「教科 × 非認知能力」シリーズとして、物理・英語リスニング・日本史探究など、他の教科でも現場の先生方への取材を進めていく予定です。あわせて、国語の枠を越えて「教科指導の中で非認知能力を意識している先生方」のコミュニティづくり(ミートアップ / ネットワーク形成)も計画しています。馳川先生から私たちへの「楽しさと点数は、本当に両立しないのでしょうか」という問いを、ぜひ多くの先生方とご一緒に掘り下げていきたいと考えています。
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