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2021.04.06

【セミナーレポート】社会課題解決力を育成する「理数探究」の授業デザインと評価の具体的手法(1)

セミナーレポート 理数探究

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2022年度、高等学校では新学習指導要領が実施され、主体的・対話的で深い学びの視点がより重視されるようになります。同時に「理数探究基礎」と「理数探究」が新設され、理科、数学の見方・考え方、さらには他教科の学びを組み合わせて社会課題を解決する力を伸長させていくことが求められます。39日(火)開催の弊社主催オンラインセミナーで、東京学芸大学大学院教授の西村圭一先生にお話しいただいた、「理数探究」の背景や生徒に身に付けさせるべき能力について紹介していきます。

 

“エージェンシー”の育成を目指し、掘り下げる「探究」から拡げてつなげる「探求」へ

高等学校でますます重視される「探究」ですが、学びの二極化が起きているのではないでしょうか。一部の生徒にとっては最適な環境で素晴らしい成果を出せたとしても、残りの多くの生徒にとってはどうでしょうか。学校の授業で行うのですから「集団としての学びの最適化」が必要ではないかと思っています。

現在の「探究」はテーマを決めて掘り下げる活動が主流です。グループで研究する場合など、同じ関心を持つ生徒が集まり「親密圏」が形成されます。そこで掘り下げていく学習は大切である一方、非常に狭い視野の中で考えるため、周りの社会に対する働き掛けや社会との往来が欠落してきます。また、研究が好きで得意な生徒とそうでない生徒がいますが、だれもが研究者になる必要はないわけです。そこで提案したいのが、公共圏に拡がり社会とつながる「探求」です。色々な要素を取り入れて解を求め、その過程で対立軸も出てくるので社会的対話も必要になる活動で、目指すのは「フレーム(ものごとの見方)の変容」です。

 

「社会を変えられると思っていない」日本の高校生

日本財団が高校生の国際比較調査を行ったところ、「自分で国や社会を変えられると思う」「社会課題について家族や友人など周りの人と積極的に議論している」割合が日本はどちらも3割に満たず、社会に対する意識が低い結果となりました。一方、イギリスや他の国ではかなり高い割合です。なぜか。理由の一つに教材の違いが挙げられます。例えばイギリスのBowland(ボーランド)という数学プロジェクトで10年前に作られた中学生向けの教材で、2種類のワクチンの接種計画を作るものがあります。成功率、価格、街の全人口に対する職業別の割合が与えられ、どの職業にどのワクチンを割り当てるかといった提案をまとめます。狙いは、自分たちの社会や街の構造に気付かせ、シティズンシップ(市民性)を育成すること。数学から社会につなげていく「探求」教材になっています。

また、今は「VUCAな時代」だといわれます。不安定で先が見えない時代だから、人々は見たい情報だけを見ることで安心を得ようとしますが、それを続けるうち、居心地の良さが脅かされることに拒絶反応が起こり、対話ではなく対立が生じてきます。そう考えると、学校の「探究」で深く掘り下げる活動だけを行う危険性と、対立軸を作ってそれに対応する「探求」をやっていく必要性が見えてきます。

OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030の上位概念は、「エージェンシー(変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任を持って行動する能力)」です。批判的思考、協調性といった個々のコンピテンシーを育成する場合でも、この大きな目標を意識することが大切です。

 

「理数探究」の授業デザインと評価手法はどうあるべきか

2022年度から「理数探究基礎」と「理数探究」が新設されることとなりました。学習指導要領の解説では「理数探究の対象としては自然科学だけではなく、社会科学や人文科学、芸術やスポーツ、生活に関するものなどあらゆるものが考えられる」とされており、特に理数探究基礎などに、拡げてつなげる「探求」も含めていくことが大事だと思います。

教材や授業のデザインについては、昨年から今年にかけてIGSと開発および実証授業を行いました。例えば「生徒が住む街の問題を解決する」というテーマで授業をするとします。まず、街の統計データを分析して、問題点を探ります。外れ値を見たり、相関を見たり、ほかの街と比べたりします。さらにそこに、例えば「自動運転」という要素を持ってきて「自動運転を活用して、街の問題をどう解決するか」を考えます。最後には、自分たちの考えたプランや政策に対して、生徒を市民側と行政側に立場を分け「模擬市民対話」をします。このように進めることで、数学、情報、社会、とさまざまな教科の要素を含む文理融合な活動になっていくわけです。教材があればいい、というものではなく、先生が生徒の顔を見ながらファシリテートしていくことを重視して開発しました。

目標を決めて実施する以上、評価が重要です。先進的な実践校ではルーブリックを作って自己評価をさせていますが、先生の負担を考えるとそう簡単に実現できるものではありません。現在、IGSの「Ai GROW」(生徒の資質・能力を定量化するアセスメント・ツール)を活用し、「掘り下げる探究」と「拡げてつなげる探求」の両面から資質・能力の成長を測る理数探求アセスメントを開発中です。評価の目標は生徒にラベルを貼ることではありません。生徒自身に「どんな力が付いたか、何が足りないか」を把握させてあげることです。また同時に「伸びているはずだけどまだ足りないのはなぜだろう」と、自己評価する力を高めていくためにも活用できるのではと思っています。

 

講師:西村圭一先生(東京学芸大学大学院 教育学研究科 教授)

顔写真2018

【プロフィール】
東京都立高等学校、東京学芸大学附属大泉中学校、同国際中等教育学校教諭、国立教育政策研究所教育課程研究センター基礎研究部総括研究官、東京学芸大学教育学部数学科教育学分野教授を経て、現在に至る。日本数学教育学会業務執行理事、数学教育編集部長、学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(高等学校数学科、高等学校専門理数)、Bowland Japan代表、探究オリンピック-明日の思考力コンテスト-委員長、東京学芸大学SSH/WWL合同推進委員など多数。主な編著書に、『真の問題解決能力を育てる数学授業-資質・能力の育成を目指して』(明治図書,2016)などがある。

 

編集・執筆:株式会社REGION

 

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