AIを活用した評価ツール「Ai GROW」を採用し、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)を軸に教育改革を進める埼玉県戸田市。6月に開催されたIGS主催のオンラインセミナーで戸田市教育委員会・戸ヶ﨑勤教育長が語った「今求められるICT活用とコンピテンシー・ベース教育」について紹介していく。
「これまでの活動回復」ではなく「新しい学びの様式の開始」を!
2020年は、本来であれば小学校で新学習指導要領が全面実施され、GIGAスクール構想の推進と相まって、まさに「昭和の学校から令和の学校へ」と大きく変わっていくための重要な年でした。ICTをマストアイテム化した個別最適化された学び、多様な子供たちを誰一人取り残さない教育、そのような挑戦をスタートする、極めて大きな一歩を踏み出すタイミングだったのです。そこに立ちはだかったのが新型コロナウイルスの壁といえます。
学校が再開され今求められているのは「これまでの活動回復」ではなく「新しい学びの様式の開始」であると私は考えています。失われたものを取り戻すだけではなく、新型コロナウイルスの第2波、第3波を想定し、もし再び臨時休業となっても学びを止めないために今やることは何かを真剣に考え、すぐにでも着手する必要があるのではないか。今置かれた環境は大変な混乱と困難を伴うものですが、大きく変わるチャンスでもあると思います。
「学びの連続性を保障する」ためにオンライン学習を実施
戸田市では3月頃から新型コロナウィルスの第2波、第3波を想定し、校長会とともに臨時休業中の学びの在り方についての議論を開始しました。目指したのは「学びの連続性を保障する」ことです。児童生徒と教師や学校とのつながりを意識しながらまずは子供たちに安心感とモチベーションを持ってもらえるようにプリント学習から始め、次に、日々の授業ですでに活用していた授業支援システムを用いてオンライン学習教材の配信を始めました。
私から校長先生にお願いしたのは、「コンテンツよりコンタクトを大切にしてほしい」「5月6日までに一本だけでもいいので配信を試みてほしい」という2点のみでしたが、市内の学校では良い意味での自走と競争が始まりました。著作権法が4月28日に改定されると、各学校でオンデマンド型の配信が次々とスタートし、5月末までに数百本の配信が行われ、双方向のオンライン学習への挑戦も始まりました。ただ、オンライン学習がプリント学習よりも優れているという訳ではなく、カリキュラム・マネジメントの充実を通して、それぞれが適切に運用されるべきでしょう。
ハード面ではGoogle社の協力で4月に全児童生徒・教師に対しGoogleアカウントを配布、希望する家庭と教師にノートパソコン(Chromebook)を貸し出し、家庭用と教師用の手引書を作成。また、教師をサポートするため、オンライン学習のモデル案の提示や、G Suite for Education(オンライン学習支援ツール)の研修なども行いました。
今後は、オンラインとオフラインの学びを適時適切に組み合わせた学習がスタンダードになると思っています。近い将来、「あえて学校に登校せず自ら必要な学びを選択する子供への指導」や「一人でいてもみんな一緒だと感じられるようなバーチャルでの絆づくり」も必要になるかもしれません。そのためにもICTやEdTechの活用が必須となるのではないでしょうか。
6月5日に文科省から公表された「学びの保障」総合パッケージの中で、小中学校を対象にした「学校の授業における学習活動の重点化」が言及されています。学校が工夫や対策を凝らしても学習内容が終わらない場合の“特例措置”として、授業で教える内容を限定し、教えきれなかった部分は家庭学習やオンライン・カリキュラムで補ってもよいというものです。
しかし、新学習指導要領の趣旨である「主体的・対話的で深い学び」などを密を避けて実施する必要性や、再び感染拡大となった場合などを鑑みると、家庭学習やオンライン・カリキュラムは、単元の中に意図的・計画的に位置付けていく必要があるのではないでしょうか。「学校の授業における学習活動の重点化」は特例措置ではなく、すべての学校で対応すべきことだと考えています。
▲戸田市におけるオンライン学習(提供:戸田市教育委員会)
「新しい学びの様式」を支えるカリキュラム・マネジメントとは?
オンライン学習の実践により、学校外での学びに新たな可能性が見出せたといった成果はありましたが、「実践すればするほど課題が現れる」というのが正直なところです。例えば、一方的に発信するだけでは「学びの保障」ではなく「機会の保障」にとどまってしまうのではないかという懸念。家庭環境への配慮も必要です。
新しい学びの様式を実現させるためのカリキュラム・マネジメントを考えると、以下のような課題や問題に向き合う必要があると思います。一つ目は、個別最適化された学びが実現したとしたら、その学びの過程は個々人によって異なるので、学びにかけた時間だけでカリキュラムの進捗を測ることはできないということ。二つ目は、家庭学習や学校での自学自習などの機会が増えていくことを考えると、子供たちが自ら学んでいくための土台となる、自己調整力(自らの学習過程に能動的に関わり、学習を調整しようという態度)、エージェンシー(自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく力)などの、コンピテンシーの育成が必須となってくるということ。三つ目は、子供たちが何をどのようなかたちで身につければ学んだことになるのか、指導したことになるのかといった、学習や指導の成果を測る基準を作る必要もあるということです。
▲戸田型ハイブリット学習(提供:戸田市教育委員会)
児童生徒のコンピテンシーの定量化とそれに基づいた指導改善に期待
これらを解決するためには、児童生徒、ときには教師のコンピテンシーを定量化し、それに基づいた指導改善を行うことが鍵となってくると思っています。コンピテンシーというのは一言でいうと「資質や能力」です。現在は基本的に学力テストの結果を基に評価・指導を行っていると思いますが、コンピテンシーが定量化できると、それとは異なる軸での評価や指導が実現するのではないかと考えています。それによって、児童生徒の多様な価値を認めてあげられる、教師が新たな視点で自身の指導を振り返ることができる、など様々なメリットが生まれてくると予想しています。教科学習以外の場面でも、コンピテンシーを伸ばす取組が明らかになって、その取組を展開できるなど、教師の指導力等によらない指導の質の向上が図れるかもしれません。
▲コンピテンシーの定量化(提供:戸田市教育委員会)
戸田市とInstitution for a Global Society(IGS)との共同研究ではAIを活用した評価ツール「Ai GROW」を活用し、PBL(課題解決型学習)の効果測定や、学力とコンピテンシーの相関を見る調査も行っています。その結果、児童生徒のコンピテンシーを伸ばしている教師が意識して取り入れている指導方法が見えてきたり、算数の学力と「論理的思考能力」や「創造性」に相関がありそうだという示唆が得られたりと、少しずつナレッジが溜まってきています。これは、今まで数値化されていなかったものを数値化して指導に生かそうとする新しい試みで、EBPMを推進していくための大きな一歩になったと思います。
▲「Ai GROW」のコンピテンシー結果と受検画面
もちろん、数字を活用する目的や方法を明確にしておく必要はあります。数字がすべてではなく、実態を踏まえながら教師が総合的に適切に判断しようとする姿勢も大切です。そうでなければ、数字にただ振り回されて、的外れな指導を行ってしまう危険もあるでしょう。大事なことはEBPMの考え方に拒否反応を示すのでもなく、数字に過剰な信頼を置いて実態を見逃すのでもなく、目の前の子供を見つめ抜いて、様々なデータを有効活用し、職員の同僚性を発揮し、あらゆる手段を講じていくことだろうと思います。
新型コロナウイルスによって、EBPMやコンピテンシー・ベース教育の重要性がクローズアップされたと感じており、これからもIGSをはじめとする多くの企業、大学、研究機関との共同研究に非常に大きな期待を寄せています。
編集・執筆:株式会社REGION