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【イベントレポート】IGS15周年企画「AI社会から逆算して考える評価とコンピテンシー」(3)

作成者: IGS株式会社|Nov 4, 2025 12:57:55 AM

 

生成AI時代における教育評価の再構築と教師の専門性




2025年8月18日、東京の聖徳学園中学校・高等学校を会場に行った先生向けイベント「AI社会から逆算して考える評価とコンピテンシー」。弊社の創業15周年を記念した本イベントの総括として、早くからデジタル時代の評価軸を探究し、直近では生成AIによる波及効果も検証をされている田中康平氏に講演いただきました。

本記事では、第6部 田中康平氏の講演の内容をレポートいたします。

詳細な内容は、現在、アーカイブ動画の視聴希望も承っております。詳細をご覧になりたい先生は、ぜひアーカイブ動画の視聴希望をお寄せください。

■講師紹介

田中康平氏(株式会社ネル・アンド・エム 代表取締役)
2000年より佐賀県を中心に、教育ICT環境整備やICT支援員事業等に従事。2013年11月、株式会社ネル・アンド・エムを設立。2014年4月、ICTスクールNELを開校。GIGAスクールなどの教育ICT環境整備のコンサルティング、人材育成、幼稚園・保育園から高校年代の情報活用能力の育成、学習理論を活用した授業改善の支援、探究やSTEAMカリキュラムの開発などを行っている。生成AIの教育利用では、学習理論を基盤とした質の高い活用方法を提案。教育情報化コーディネータ1級、大分県教育DX推進プラットフォーム・コーディネータ、文部科学省学校DX戦略アドバイザー、経済産業省「未来の教室」教育コーチなどを歴任。


生成AIの進化が突きつける教育評価の課題

田中康平氏の講演は、教育ICTの現場に長年携わってきた経験を背景に、生成AIの特性と教育評価の関係を鋭く問い直すものでした。

まず強調されたのは、生成AIが文章や画像、コードを極めて迅速かつ正確に生成できる一方、回答については意味の理解を伴わない「統計的予測」にすぎないという点です。AIは指示に対し、学習済みデータから予測して出力しているにすぎず、知識や概念を体系的に理解しているわけではありません。この動作原理を踏まえると、教育評価にAIを用いる際には「再現性」「妥当性」「公平性」という三本柱が大きく揺らぐことになると田中氏は指摘しました。実際、ルーブリックを与えて生徒の作文を評価させると、同じ答案に対して毎回結果が異なることが確認されています。これでは教育現場で求められる「安定性」を担保できず、特に相対評価や進級・進学に関わる場面で致命的な問題をはらんでいます。田中氏は「AIの評価を無条件に信頼することはできない」という認識をもつことが出発点になると強調しました。

意味的類似度による新たな評価手法の模索



しかし田中氏は、生成AIを教育から排除するのではなく、その限界を理解したうえで補助的に活用する道を示しました。その一例が「意味的類似度」に基づく評価手法です。具体的には、生徒のレポートの文章とルーブリックを自然言語処理で解析し、ベクトル化して角度計算を行うことで、両者の意味的な近さを数値化します。これにより、教師が意図する評価観点との一致度を客観的に測定でき、毎回同じ結果が得られるという「再現性」と「説明可能性」が担保されるのです。

田中氏は実際に数十本のレポートで実証を行い、従来のAI評価の揺らぎが克服される可能性を示しました。この方法は万能ではないものの、観点別の評価を補助し、教師が生徒の学びを把握するための「支援ツール」として機能する可能性があると指摘しました。生成AIを「万能の判断者」とはせず、AI(機械学習系を含む)を組み合わせることにより、高度で信頼できる「評価アシスタント」と位置付け、教師の専門的な判断を支援するための技術として有効活用できるのではないか、と提案しました。

学習パラダイムの転換と評価観の整理

田中氏はさらに、教育評価を考えるうえで不可欠な「学習パラダイム」の整理に話を進めました。

行動主義から認知主義、構成主義、そして社会構成主義・コネクティビズムへと学習理論は発展してきましたが、学校現場では依然として旧来型の評価観が混在しています。例えば「挙手の回数」や「振り返り文章の文字数」で学習態度を測ろうとするのは、行動主義的アプローチにすぎず、学習指導要領が目指す資質・能力の育成には対応しきれません。社会構成主義的な学びでは、学習は他者や社会との関わりの中で構成されるため、パフォーマンス課題やデジタルポートフォリオのような評価が求められます。AIはその文脈で、学習者の発話ログや活動記録を分析し、対話の材料を提供することができますが、評価の方向性を決めるのはあくまで教師です。田中氏は「評価という言葉のズレは、パラダイムの共通理解の欠如から生じる」と指摘し、教育者が自らの評価観を理論的に位置付け直す必要性を強調しました。AIの導入はこの作業を避けて通れない現実を突きつけているのです。

教師の専門性と生成AI時代の役割

AI時代において教師の役割は不要になるどころか、むしろ高度化・専門化すると田中氏は語ります。

AIは知識の正誤や意味の理解を担保できないため、学習者が誤った概念を取り込まないよう支援し、学びを文脈化するのは教師の役割です。また、AIが提示する情報を批判的に吟味し、学習者に「これは本当か?」と問い掛ける批判的思考を育むのも教師の役割です。田中氏はMITの研究を紹介し、AIに頼ってレポートを書いた学生よりも、自分の頭で分析・評価を行った学生の方が脳活動が活発であったことを示しました。つまり、AIは効率を高める一方で、学習者の思考活動を阻害するリスクをはらんでおり、教師が適切に介入しなければ学びの「空洞化」が進む可能性があるのです。だからこそ、教師はAIを適切に位置付け、学習者が「分析」「評価」「創造」といった高次の認知過程を実現できるよう、伴走者として機能しなければならないと強調しました。

公平で説明可能な評価体系の構築に向けて

講演の締めくくりで田中氏は、教育評価の未来に向けた展望を語りました。

AIは操作性が高く、直感的に利用できるため急速に広まっていますが、教育で活用する場合、特に学習評価で使用する場合には「公平性」「説明責任」「共通理解」の三点が不可欠です。教師間で評価の基準が統一されていなければ、どれほどAIを導入しても混乱を招くだけであり、必要なのは、学校として「どの資質・能力を育てたいか」を明確にし、それを測定するための共通の基準を整備することだと田中氏は指摘します。そのうえでAIは、ルーブリック作成の効率化や振り返り支援、データの可視化といった補助的役割を担い、教師の判断を支える存在となります。田中氏は「教育者の専門性こそが、子どもたちの未来を豊かにする、もっとも確かな道である」と結び、AI時代こそ、教師の専門性を磨き続ける重要性を力強く訴えました。

本イベントではさまざまな角度から生成AIについて触れましたが、生成AIがもたらす可能性とリスクを正しく理解し、教師の専門性とAIの膨大な情報処理能力を組み合わせることで、教育は新たな段階へと進化するといえるかもしれません。


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